周 鑠 氏 (2025年度 博士後期課程 修了)

筋肉電気刺激(EMS)を用いたインタラクティブシステムにおける人間能力の拡張に関する研究
Augmenting Human Ability through Electrical Muscle Stimulation in Interactive Systems
本論文は、筋肉電気刺激(Electrical Muscle Stimulation, EMS)を用いたインタラクティブシステムにおける人間能力の拡張について、体系的かつ多面的に検討したものである。 従来のHuman–Computer Interaction(HCI)は、主として操作性、情報提示、効率性の最適化に焦点を当て、人間を「操作者(operator)」として位置づけてきた。
しかし近年、テクノロジーが人間の感覚・運動・認知・情動といった能力そのものを直接的に拡張する方向へと発展しつつあり、この潮流は「Augmented HCI」と呼ばれている。本研究では、この新たなパラダイムに基づき、非侵襲的かつ即時性を有するEMS技術を中核に据え、人間の感覚–運動機能、協調機能、さらには生理・情動調節機能を拡張するための理論的基盤および実践的手法の確立を目的とした。
まず、EMSの生理学的原理と信号制御特性を整理し、低電流パルス波による安全な筋収縮誘発機構を踏まえて刺激効率を数理的にモデル化した。さらに、ハードウェア構成、電極配置、刺激パラメータ制御、セーフティ機構などを統合したEMSシステムアーキテクチャを設計し、インタラクティブ環境下における応答性・汎用性・再現性を確保した。 これにより、EMSを用いた人間能力拡張研究のための基盤技術を構築した。
その上で、本研究は三つの主要な実験系列を通じて、EMSの有効性を実証した。第一に、感覚–運動能力の拡張に関する実験では、反応速度および指先運動の精度を指標として、短期間のEMS訓練が動作速度および精密制御力を向上させることを示した。さらに、訓練効果が数日後にも保持されることから、EMSが学習促進および記憶定着を支援する可能性が示唆された。第二に、協調能力の拡張に関する実験では、両手動作および手眼協調課題を設定し、ゲーム環境やリズム課題を通じてEMSが注意配分および動作同期を支援することを確認した。特に、手眼協調課題および楽器演奏においてEMS刺激を併用することで、動作タイミングの一貫性が高まり、複雑な技能獲得の初期段階を加速できることを明らかにした。第三に、生理・情動調節能力の拡張に関する実験では、心拍および呼吸信号を用いたリアルタイムEMS制御を実施し、ストレス環境下における情動安定化効果を検証した。呼吸筋への微弱刺激によって呼吸リズムが自動的に整えられ、心拍変動が安定することを確認し、EMSがストレス緩和および集中維持に寄与する新たな生理的介入手段となりうることを示した。
これらの実験結果を総合すると、EMSは技能学習を加速し、協調動作の効率と正確性を向上させるとともに、生理的安定性を高める多面的な効果を有することが明らかになった。 これらの効果は短期的なパフォーマンス向上にとどまらず、一定期間後も持続することが確認され、神経可塑性および運動学習理論との関連が示唆された。また、ユーザ調査の結果から、EMSは適切な刺激設定および導入デザインにより、快適性と主体性を損なうことなく受容されることが確認され、将来的な社会実装に向けた基礎的知見が得られた。
最終的に、本論文は「EMS-based Augmented HCI」という概念的枠組みを位置づけ、従来の情報中心的インタラクションから身体中心的インタラクションへの拡張を理論的・実証的に検討した。この視点により、EMSを出力・フィードバック手段にとどまらず、人間能力を形成・拡張する媒介技術として捉え直した。
本研究は、教育、リハビリテーション、スポーツ訓練、エンタテインメント、さらには情動制御など、多様な分野における応用可能性を提示し、身体性を基盤とした人間–技術共進化に向けた新たな方向性を示すものである。
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